弊社デザイン商品販売開始(2021/10/1)のお知らせ

このたび、弊社がデザインを担当させていただいた商品が10月1日発売になるので、先行して張り切ってお知らせしちゃいます。まずは画像にてメイン商品のジャムをご紹介させてください。なかなか愛らしいパッケージができたと思うのですが、いかがでしょうか。


こちらの商品は、1993年から続くお店「ホサナショップ」のオリジナル商品で、素材をふんだんにつかった無添加&手作りが売りです。お世辞抜きでパンチがきいていて美味しいジャムなので、是非お試しくださいませ。

さて、わたしたちがなぜこの商品に関わらせていただいたかについて、お話しさせてください。なんだか最近この文言ばかりで辟易されるかもですが…。起業前からずっとやりたかったことなのです。

わたしたちが考えているデザインの定義は「かっこいい形や素敵な色合いをつくること」ではありません。もっと本質的な意味でのデザイン「情報と状況を整理して、新しい関係性を生み出すこと」を目指しています。

医療福祉業界では、素晴らしい活動や素晴らしい製品であるにもかかわらず、見せ方や伝え方がうまくいかずに正当な評価を受けていないケースをしばしば目にします。また、企画や初期費用の面でも、ブランディングやデザインに予算を立てにくいご事情があるかと思います。

そこで、医療福祉の現場を知るデザインラボとしてわたしたちは、初期費用を可能なかぎり抑えながら、長く伴走させていただく形で、地道にがんばっている方々のお手伝いができないかと考えておりました。

たとえば、今回のクライアントであるホサナショップ様は就労継続支援B型の施設です。B型施設は、なかなか利用者さんに工賃を存分に支払うのがむずかしい実情があります。

ですが、たとえばもし、わたしたちがお手伝いさせていただくことで、商品の質に見合ったデザインがなされ、今まで知らなかった方にも知っていただけて売上を伸ばすことができたら、より安定した施設経営、利用者さんへの工賃増額、地域住民のアルバイトでの参加など、経済面においても人間関係においても、ユニバーサルデザインへの一歩を実現できるのではないだろうか、それは医療や福祉の境界線を越えて、デザインの力で、町で暮らしている利用者さんたちのQOLに貢献できることになるのではないだろうか、そう考えていました。

今回窓口になってくださった職員の方が「“持続可能な自主製品の製造と販売”は“持続可能な事業所の在り方”そのものです」とおっしゃっていました。まったくその通りだと思います。

起業前からの夢がひとつ叶えられました。この機会をくださったホサナショップ様には心より感謝しております。もちろん、発売してからが本番ですので、これからも精一杯のサポートをさせていただきます。

医療福祉の制度はとても重要なものですし、様々な困難な状況にいる方にとって貴重なきっかけとなりうるものです。そのきっかけを基盤にして、そこから自分たちで道を開拓していく、そして自走していくためのチャレンジは、きっと愉しいものになるはずだとわたしたちは信じています。

ところで、蓋の果物シールかわいくないですか?
こちらホサナの利用者さんが描いてくれたイラストをモチーフにつくりました。

暑くなると思い出すこと

先日、大島康徳さんが亡くなられました。
自分自身ががんに罹患してからというもの、がんについて発信されている色々なブログやSNSアカウントを覗かせていただくようになり、大島康徳さんのブログは毎日読んでいました。
ブログの内容についてここでのご紹介は控えますが、ご家族様が「なんて強くて優しくてなんて見事な旅立ち方なのでしょう」と語られていました。その重い言葉を目にして、私にも、思い出すひとりの利用者様がいます。※以下の文章は個人情報保護に抵触しないよう改変しています。

その利用者様は、かなり若い方でした。仮に、Aさんとします。
Aさんは海外で仕事をされていたところ、末期がんの診断を受け「最期は母国で」と帰国し入院されていた方です。入院先の病院から弊ステーションに直接ご依頼があり、「もう一度自宅へ帰りたいと仰っているのでお願いできないか」とのことでした。実はAさん、すでにご自分でホスピスを予約されていました。その上で「あともう一度、自宅で過ごしたい」と決心されたのです。こういうご依頼に俄然スイッチが入る管理者Sが、退院当日から担当させていただきました。が、早くも翌日には病状が一気に悪化してしまったのです。オンコールにて緊急訪問し、ご本人・ご家族とご相談の上、救急搬送にて再入院、訪問終了となりました。

その後しばらくたった日、とても暑かった日でした。
ステーションに「お世話になったAの母です、今からご挨拶にうかがいたいのですが…」とお電話がありました。弊ステーションはややわかりにくい立地なので、外に出てみると、少し離れたところで心許なさそうに自転車を押している女性が目に入りました。近づいてお声がけしたら、やはりそのお母様で、ご挨拶もそこそこにおっしゃった言葉が「よかった…あの子との約束が果たせました」でした。

ステーションに入っていただきお話を伺うと、あの後、Aさんはご自分で決めていたとおりホスピスでご逝去されたこと、自宅に帰ってはみたものの痛みが酷くご自身で再入院を決断されたこと、たった一日だったけれど自宅に帰れたことに満足されていたこと、そして「わたしに何かあったときには、必ずSさんに御礼を言いに行ってね」とおっしゃっていたことを知りました。ちょうどSは訪問のため外に出ていた時だったので、その場でSに電話をかけて電話口にてお母様とお話させていただきました。

その後も、たくさんAさんの思い出話をしてくださいました。本当に自慢のお子さんだったんだなというのがよくわかりました。涙もふかずにお話しされていたのですが、なんというか、うまく言えないんですが、底知れない寂しさと哀しさはもちろんあるけれど、お話の口調が、どこか誇らしく感じられたんです。私も、その場にいた役員も、もらい泣き噴水状態でした。

でも、お話してくださったことと同じくらい鮮明に、私の脳裏には「心許なさそうに自転車を押している女性」の姿が焼きついています。お子さんとの約束を果たそうと、炎天下の中、慣れない場所まで自転車をこいでいらっしゃり、汗を拭いながらステーションを探されている姿は、とても心許なさそうで、そして、とても美しい姿でした。

現場時代も経営者となってからも、本当の尊厳について、いつも利用者様に教えていただいています。

インターンシップにつきまして

このたび弊社は、お茶の水女子大学 生活科学部 人間生活学科 生活社会科学講座とインターンシップ契約を締結いたしました。このインターンシップは、学生さんたちが外部機関にて実習し、その実習内容が評価対象となり、大学から単位として付与されるプログラムです。その外部機関のひとつとして、今年度から弊社を加えていただけることになりました。

このブログを読んでくださっている方はご存じかもしれませんが、実はこの企画、起業以前から実現したかったことのひとつでした。

もう5年以上前になります。まだステーションを開設する前にデザインラボとして外部協力させていただいたことがありました。その時、お世話になった先生に「いつかステーションを開設する予定なのですが、その時にはインターンシップを企画させていただけますでしょうか」と伺ったところ、「起業して何年かしっかりがんばれたら、またその時にご相談しましょう」とのお返事をいただいておりました。

いおりが5年目を迎えた今年、あらためて先生にご相談させていただいたところ、ありがたくもプレゼンテーションの機会をいただき、学内での審査をへて、正式に採用していただいた次第です。

ご承知のように、お茶の水女子大学は伝統ある難関国立大学であり、ジェンダーや男女共同参画などについてもリーダーシップのある大学です。卒業生は官庁に入職したり研究者になったりする方も多く、いわば制度設計や問題提起に直接関わる人材を輩出している大学です。わたしたち在宅ケアのステーションはそういった方々にとっての「現場を体感してもらう橋渡しの役割」を担うべきだと、ずっと考えておりました。

是非、学生のみなさんにはこのインターンシップを活用し、現場のケアを通じて見えてくる「様々な対話」や「答えのない問い」を体感していただきたいと思います。また、社会の網からこぼれてしまう人はどこからやってきてどこへゆくのか、そういった現実に早い段階からふれることは必ず貴重な財産になってゆくとも思います。

そして、日々ひとつずつケアを積み上げているわたしたち現場の支援職にとっても、未来に向けてそのような種を蒔いてゆくことは、自分たちの働くフィールドをより豊かにするための、また未来の人々の安心と安楽を実現するための道筋づくりになるのではないか、そう考えております。

大切なお知らせ

お世話になっている皆様に、大切なお知らせがあります。

実は、私事で大変恐縮なのですが、先月、私に精巣がんが見つかりました。
精巣がんは、10万人に1人しか罹患しない希少がんであり、比較的寛解率は高いとされていますが、進行の速いがんでもあります。即入院と手術をすすめられ、5/12に摘出手術を受け、5/29に生検と造影CTの結果が出ました。

結果、セミノーマで脈管侵襲なし、転移もなく、化学療法の必要性はないとの診断で、これから約5年間にわたる経過観察に入ります。

私自身、今回の件でとても感じるものがありました。

しこりを見つけた時には即座に調べまくりましたし、調べた結果、ほぼ予想された診断で覚悟していたとはいえ、告知された時にはやはり何とも言えないざわつきをおぼえました。なんで今、なんで自分が、とも思いました。今まで何人ものがんの利用者様に関わらせていただきましたが、いざ自分が罹患してみると、想像していたのとはまるで別次元の景色が広がっていました。診断当日、病院からの帰り道、姿形の似ている別の世界にワープしてしまったような感覚で歩いたのをおぼえています。

いわば時間をいただいた私は、自分の心身を通じて得られたこの経験知を、必ず、今後の仕事にいかしてゆかなければならないと思います。

もちろん、安心はできませんし、定期検査が必須となります。皆様にはご不便やご心配をおかけすることもあるかと存じますが、そのような事情ですので、あたたかく見守ってくださいますと幸いにございます。

あらためまして、今後とも変わらぬお付き合いのほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

令和3年6月5日
株式会社 Skyhook
ナーシングケア いおり
代表取締役 内山 健太郎

The Times They Are a-Changin’

野球はあんまり知らないのですが、ボクシングは好きで、井上尚弥がどれだけ凄いかは多少わかります。どれだけ凄いかというと、「どれだけ」を語りようがないくらい凄いです(ちなみに彼は数値化したパンチ力が図抜けているボクサーじゃありません)。大谷翔平にしても、野球をよく知らない人にも夢を感じさせるところが凄さですよね。

かつて映画俳優は、テレビが浸透してきた頃、テレビに出ない風潮があったそうです。おそらく格が下がると感じたんだと思います。なんせテレビは無料メディアですし、制作におけるノウハウや予算にしても、おそらく映画で培ってきたものに対する矜持があったでしょう。いままさに同じこと、テレビからYoutubeへ移行した感じがあります。

先日亡くなった田村正和さんがインタビューで「自分はそもそも映画出身なのだけれど、デビューして間もなく映画作品でつまづいてしまい、映画の仕事に抵抗ができてしまった」といった内容の発言をしていました。でも、そこからテレビ作品に入り込んで、あの唯一無二のキャラクターに結実するのですから、何がきっかけになるかわかりません。

わたしの曽祖母の時代、高齢者の医療費は無料でした。制度は一気に変えると歪みも反発も出ますから、その時代から少しずつ変わってきています。精神疾患にしても、当時は収容し隔離するのが当たり前でした。なんで当たり前だったのかわかりません。様々な要因はあるでしょうが、おそらく、器用な労働者あるいは割りのいい納税者以外は、ひとまず脇に置いておいた方が都合がいいと考えたのでしょう。それがいまや「在宅へ」が国策になっています。

わたしが小中学生の頃、「ホモ」という言葉を耳にした時、かなりの蔑視を含んだ意味合いで聞いた記憶があります。大学の時ですら、似たようなことを、しょうもない場で経験しました。たまたまわたしは10代の頃に友人から「自分はゲイなんだ」と伝えられたことがあり、何人かの地元の友人を集めた場で、その友人が飲めない酒を飲みながら打ち明けてくれた、その勇気にとても感謝しています。なぜだか、なんというか、自分の中のよくわからない部分がとても楽になった感触をおぼえています。

わたしは、個人の苦しみや悩みから生まれてくるすべての変化に賛同します。それは、自分が囚われている思い込みを気づかせてくれ、砕いてくれるものだからです。誰かが闘い生み出した変化によってわたしは自由にしてもらっていること、それを絶対に忘れてはいけないと思います。それゆえ、その誰かを手離さないために、わたしはわたしなりの闘いをしてゆこうと思っています。

今回のタイトルはBob Dylanの名曲から引用しました。
時代は変わる。たしかに。

大人の階段昇る

タイトルでピンときた人はきっと同年代。
ええ、あの名曲からです。

自分が大人の階段を一歩昇った時のこと、おぼえてます?
おれははっきりおぼえてますよ。

ちょうど、このくらいの時期、
大人は長袖で子供は半袖、そんな日でした。

小学二年生だったと思います。
当時の男子のご多分にもれず、機動戦士ガンダムにハマっていたおれは、どうしてもガチャガチャをやりたくて、母親にねだった小銭一枚(たしか50円だった)を握りしめ、近所のスーパーに走ったのでした。

好きだったのはシャア専用ゲルググ、シャアゲルです。
ゲルググ、かっこいいっすよね。

※余談ですが、その後自分でカフェバーをやっていた頃、常連客でガンプラ選手権を開催して優勝したことがあります。つくったのは戦闘後のシャアザク。肩まわりをライターで炙り、ヤスリとシルバー塗料で傷跡をつくりました。

小学校二年生のおれは、
息を切らせてスーパーに辿り着くと、
たった一枚しかない小銭を投入し、
しんと澄み渡った青い空をみつめ、
これまでの行いすべてを懺悔しながら、
全祈りを捧げてハンドルを回しました。

ころころっと出てきました。

ギャンが。

こいつです。

なんと劇場版では割愛されちゃったやつです。

そのまま近所の公園でひとり何時間を過ごしたか忘れました。
ひとしきり自分の内面を整えた後、自宅に帰り、母親へむけた第一声が、

「これが欲しかったんだよね」

多分これ、自分の人生ではじめて自覚的についた嘘です。
自覚的に、自分が大人になるべきだと判断した瞬間です。
なんとなく、責任取らなきゃいけないって思ったんでしょうね。

でも、不思議なんですよ。
嘘をホントにできちゃうこともあるんです。

だって、いまはおれ、結構ギャンが好きですからね。

みなさんは、どんな嘘をおぼえてますか?

思ひ出す事など

19~20歳の頃、中野の裏路地でいわゆる黒服をやっていたことがある。
だいたい夕方17時くらいから勤務して、4時くらいに閉めをやって、その後スタッフと女の子たちで飲みに行く。まあ、どこも同じだろうけどそんな感じ。

ある日、翌日にスタジオ予約してたこともあり、閉店後、みんなと別れてひとりで帰った。腹が減ったので、ラーメン屋に入った。すると、カウンターの端に女の子がひとり飲んでいた。

夜の仕事風な服装はしてるけど、どう見ても着慣れていない、着られている感じで、高校卒業したてくらいの年齢かな、まだつい最近上京したばっかりとか、どこかから逃げてきてとりあえず職にありついたとか、そんな印象を受けた。で、その女の子、店員のおっさんに話しかけられると、控えめな笑顔で生真面目に返すんだけど、つくった表情が続かない、すぐ素に戻ってしまう。素は、思い詰めた表情だった。

って、そんな凝視していたわけでもなくて、一瞬目に入ってしまったその「控えめな笑顔」のぎこちなさが鮮烈でなぜか忘れられないんだよね。

でも、すごく不思議だ。顔もよくおぼえていないし、服の色も形もおぼえていない。だけど、ぎこちない笑顔と思い詰めた表情は、いつでも脳内で再生できるくらいおぼえている。いったい、ひとは何をおぼえるのだろう。ひとは何を思い出すのだろう。

あの女の子、元気かな。幸せだといいな。

明日から五年目

何かの節目に読み返している文章がいくつかありますが、
今日ご紹介するのもその中のひとつです。

明日からいおりが五年目を迎えるにあたり、
ふと、読んでおきたくなったのでご紹介します。
旧仮名づかいも含まれていますが、意味は通じると思います。

みなさんよくご存知の作家が教え子に向けて書いた手紙です。

………………………………………………………………………………………

八月廿九日附お手紙ありがたく拝誦いたしました。
あなたはいよいよご元気なやうで実に何よりです。
私もお蔭で大分癒っては居りますが、
どうも今度は前とちがってラッセル音容易に除こらず、
咳がはじまると仕事も何も手につかずまる二時間も続いたり、
或は夜中胸がぴうぴう鳴って眠られなかったり、
仲々もう全い健康は得られさうもありません。
けれども咳のないときはとにかく人並に机に座って切れ切れながら
七八時間は何かしてゐられるやうなりました。

あなたがいろいろ想ひ出して書かれたやうなことは最早二度と出来さうもありませんが
それに代ることはきっとやる積りで毎日やっきとなって居ります。
しかも心持ばかり焦ってつまづいてばかりゐるやうな訳です。
私のかういふ惨めな失敗はたゞもう今日の時代一般の巨きな病、
「慢」といふものの一支流に過って身を加へたことに原因します。
僅かばかりの才能とか、器量とか、
身分とか財産とかいふものが何かじぶんのからだについたものででもあるかと思ひ、
じぶんの仕事を卑しみ、同輩を嘲り、
いまにどこからかじぶんを所謂社会の高みへ引き上げに来るものがあるやうに思ひ、
空想をのみ生活して却って完全な現在の生活をば味ふこともせず、
幾年かゞ空しく過ぎて漸く自分の築いてゐた蜃気楼の消えるのを見ては、
たゞもう人を怒り世間を憤り従って師友を失ひ憂悶病を得るといったやうな順序です。
あなたは賢いしかういふ過りはなさらないでせうが、
しかし何といっても時代が時代ですから充分にご戒心下さい。

風のなかを自由にあるけるとか、はっきりした声で何時間でも話ができるとか、
自分の兄弟のために何円かを手伝へるとかいふやうなことは
できないものから見れば神の業にも均しいものです。
そんなことはもう人間の当然の権利だなどといふやうな考では、
本気に観察した世界の実際と余り遠いものです。どうか今のご生活を大切にお護り下さい。
上のそらでなしに、しっかり落ちついて、一時の感激や興奮を避け、
楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きませう。
いろいろ生意気なことを書きました。病苦に免じて赦して下さい。
それでも今年は心配したやうでなしに作もよくて実にお互心強いではありませんか。
また書きます。

………………………………………………………………………………………

宮沢賢治が死の十日前に書いた手紙です。
五年目もどうぞよろしくお願いいたします。

『看護のためのポジティブ心理学』

とてもありがたいことに標題の一冊(R3.2.1初版発行)をご恵送いただきました。
(なんか最近いただいてばかりで恐縮しております。。。)

まずこのタイトル、どう思われますか?
ポジティブと書かれていたりすると、軽くスルーする方も多いのかなと。

私は、逆に「攻めてる」と感じました。

おそらくそうなんじゃないかと思いながら読み進めましたが、やはりポジティブシンキングを推奨するような内容ではなく、ネガポジに振れず、「肯定」し「受容」していく、いわばケアマインドの基本のキについて、ときほぐされた文体で書かれています。

個別の章でキーワードになっている言葉も一見するとイージーリスニング的なんですが、もちろん聴き心地がよいことを目的にしているわけではなく、もう一度中身の音階をほぐしてみよう、共有してみよう、栄養にしてみよう、そんな趣旨が感じられました。

ケア従事者が、自分の資質に迷ってしまった時や初心を思い出したくなった時に、自分で形をいじれるようなやわらかい鏡になってくれる、そんな一冊かもしれません。

Image

Scroll to top