ワークショップ@喫茶いばしょ

コロナもようやく落ち着きが見えはじめた日曜日、喫茶いばしょで開催された高橋恵子さん主催のアートワークショップに参加してきました。
まんが『家でのこと-訪問看護で出会う13の珠玉の物語』の作者として知られる高橋恵子さんとは、これまで何度かやりとりはさせていただいたのですが、まだ直接お会いしたことはなく、お会いできるのをとても楽しみに伺いました。

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戸越公園駅からふらふらと住宅街を歩くこと10分足らずの場所に喫茶いばしょはありました。扉を開けてすぐに感じたことがあります。フラットな床、店長さんの雰囲気、そこにいる人などなど、いろいろな事柄によるのでしょうが、店内が「実際の広さより広く見える」んです。ものづくりに関わってきた者ゆえの性ですぐにそういうところに感覚がいってしまうのですが、それだけでもう運営されている方のマインドが垣間見えて、すごいなあと思いました。

今回のワークショップは、「一期一会」の場で自由に絵を描いてみましょう、描くことでも見ることでもお互いに思うところを表現してみましょうという趣旨で、なんと画材がCARAN d’ACHEの高級水彩パステル!ということもあり、もう楽しくなってわちゃわちゃ描きまくってしまいました。きっとなんの目的も解釈もないまま砂や粘土で遊んでいる時ってこんな感じだったよな、手が勝手に遊びをおぼえて楽しんでいたよなと思いながら描きました。※制限時間をすっかり忘れてまるでおさまらなかったのですが叱られませんでした。

描いたものについてお互いに話すのは自分をさらけだすような印象があるかもですが、実際やってみると、自己紹介というより他己紹介に近いですね。自分の中にいる(らしい)もうひとりの遊んでいたい自分のことを知る感じです。はじめはお互いに言葉を探しながらですが、そのうちになんとなく何について話せばいいのか、ゆっくり掴めてきます。少しずつみんなが参加していくプロセス、答えの用意されてないプロセスは、心がほぐれて愉しいです。それをリードする高橋さんの心遣いも素晴らしかったです。

ワークショップの後、高橋さんとお茶しながらたくさんお話させていただきました。その中で、喫茶いばしょの成り立ちや運営についてもうかがいました。ああ、なるほどな、だからこそああいう大らかでやわらかい空間がつくれているんだなとすごく納得しましたし、頭が下がる思いでした。

喫茶いばしょも高橋さんも、とても素敵です。これからもこのご縁をつないでいきたいなと思いました。ご興味ある方は是非のぞいてみてくださいね。

マナーは何のため?

一昨日、仲良くさせていただいている管理者さんお二人から「職場で最低限の礼儀やマナーがなかなかスタッフに浸透しない。どうしたもんか…」とお話がありました。
これほんとにこの業界に来てから驚くほど耳にする悩みです。立場柄、社長さんやマネージャーさんとお会いする機会がしばしばありますが、どうなんだろう、体感だと99%の方からこの悩みを聞きますね。それに何を隠そう私自身、自分でも思いっきり体験済みです。
弊ステーションは今5年目を迎えていますが、幸いなことにうちのスタッフたちは礼儀や言葉遣いが丁寧な(見えているかぎり)ほうだと思います。私が口うるさくしつこく言ってきたのもありますが、それは半分で、あとの半分は、そういう人がたまたま集まってくれた、残ってくれたというのが実情です。こういう空気感になるまでに3年半ほどかかりました。

大前提として、会社はしつけをするための場所ではありません。
それぞれの役割を果たして、共有する利益と価値を増やしていくための組織です。

そこで。
聞き入れる気もない相手に説明しても意味ないかもしれませんが、口うるさく言っていく立場の人が原理をわかってないのも心許ないので、誰のために、何のために、礼儀やマナーが必要なのか、私なりの意見を書いてみます。

おそらく、常識だからとか、相手を尊重するためにとか、思い浮かんだ方わりといるんじゃないでしょうか。

私は「自分の自由のため」に礼儀やマナーを利用することにしています。自分の能力や人柄や考え方を、相手に自由に判断してもらうため、自由に判断してもらいたいという「自分の自由のため」です。そのためにこんな便利な「型」はないと思っています。

当たり前ですが、初対面で自分から怒鳴ったり罵ったりしたら、先入観を持たれます。逆も然りです。相手が困った体でいきなり依存してこようとすれば、身構えざるを得ません。この手の余計な緊張にかかるコストって、私にはもったいなさすぎます。げんなりしてる時間がもったいない。たとえば、毅然とした相手なら即関係を切られるでしょうし、付き合ってくれる相手なら振り回すことになるでしょう。自分の自由のみならず、相手の自由もその都度奪っているんです。

その場では思いのままに振る舞えたような気になって、またそれを許してもらえてご満悦かもしれませんが、同時に失っているものがあまりに大きすぎること、それを続けるかぎり許してもらえる場を次々探して移らなきゃいかなきゃいけないこと、その損失は自覚した方がいいと思います。理屈にはならなくても、相手は確実に感じとります。自分の自由が削がれていることを。

私は、相手がその人なりに手に入れたその人自身を私の好きなように感じたいですし、自分が自分なりに手に入れた自分自身の現在を好きなように感じてもらいたいです。なので、これからも、マナーや礼儀と呼ばれている便利なことこの上ない「型」をせっせと利用していくつもりです。自分の自由のためにです。

三ヶ月検診を終えて

以前のエントリーでお話しした通り、今年の春、私にがんが見つかりました。
幸いなことに生検の結果は良好で(ステージIでセミノーマ、脈管浸潤なし)、摘出手術後は五年間の経過観察となりました。

そして術後三ヶ月が経過し、先週4日に定期CT検査と採血で、自分の誕生日を挟んだ一週間後の今日、主治医の診察でした。

定期検査の結果、画像で異常は見あたらず、腫瘍マーカーの数値も正常でした。正直、ほっとしました。こんな面構えだと「緊張なんかするの?」とか言われることもあるのですが、ほっとしたということは、自分でも気づかないところでどこか張り詰めているんでしょうね。

とりあえず、ここから二年間はこのルーティンをこなして、その後三年間は経過次第で半年に一回に減らしていくかもしれないとのことです。

主治医が「口を酸っぱくして伝えているんだけど、どうしても来なくなっちゃう人がいるんですよね…」と言っていましたが、来なくなる人の気持ち、なんとなくわかります。だって、聞かない内は現実にならないんですから。今回の件でいかに自分がフィクションの自由性や自在性みたいなものに依拠しているか、ほんとによくわかりました。きっと、優しい人なんでしょうね、来なくなっちゃう人は。

次回検査は三ヶ月後の12月です。主治医に「なにか自分でもできる予防法とかあります?」と聞いたら、「ぶっちゃけ自信持ってお伝えできるものはないんですよね(笑)」と言われたので、あっさり主治医を信じました。

診察後、高円寺駅近くのカフェで一息いれていたら、カフェのテレビニュースで同時多発テロの特集をやっていました。9.11からもう20年だそうです。あの時、自分がどこでなにをしていたかはっきり憶えていますが、唖然とした感覚の方はもっとはっきり憶えています。憶えていますし、思い出せますし、忘れていられます。感覚も、優しいんですかね。

今日の日に思い出すこと。

元特攻隊員で、寸前で敗戦を迎えたため出撃しなかった方を担当させていただいたことがある。数年前に亡くなられたが、この季節には毎年その方を思い出す。

きっと、まとまりのない文章になるが、怯まずに書いてみたい。

第二次大戦時の日本軍兵士の死因は、実は6割以上が餓死あるいは感染による病死と言われている。正直、現在に続く政府の施策を見てもおおよそ妥当な数字ではないかと思う。かねてから私は「忠臣蔵が嫌い」と公言しているように、自分に続く者を生存の危機に向かわせる方法論が嫌いだ。たとえどんなに高尚な正義やカタルシスと交換がきくにせよ、未来ある者の生命と精神の可能性を奪うことは絶対に間違いだと考えている。たとえその時点より堕ちていくしかない可能性だったと後にわかる場合があるとしても。

その上で、だが。

先述の元特攻隊員の方から初対面時に「ぼくは予科練出身なんだよ」と切り出された時、自分の中に明らかなバイアスがあるのを感じた。本人という重み、迫力に対峙することは、自分をあらわにしてくれる。特権的に扱いたい、忌み嫌う事実の登場人物、特攻隊員に烙印を押しているのは、世間ではなく自分自身に他ならない。向かい合ったことがない、当然清算などできない。そして、私の祖父も出征していたことやまだ存命であることなどをお伝えすると、少しずつ当時のことを話してくださるようになった。

自分にはエリートの矜持があったこと、ほとんどの者が進学できない時代に選ばれし者として勉学や武道に励めたことをありがたく思っていること、それだけ恵まれているのだから特攻も自分の運命として受け入れようとしていたこと、など。でも、ひとつだけいまだに悔やみ苦しんでいることがある。

友人と二人で腰掛けて話していた時、なんらかの口論になってしまい、友人がそこから身を翻して去ろうとした時、つまり動くものとして目立ってしまった時、目の前で友人が機銃掃射によって木っ端微塵になってしまった。あの時、友人に言ってしまった言葉、それによって自分だけが助かったこと、そのことを、毎晩毎晩、何十年もずっと詫びていると。

それなりの年齢になった者なら、思い出して眠れなくなる苦い記憶のひとつやふたつあるだろう。状況の過酷さや激しさの次元は違うとしても、人として当たり前の苦しみ方をしている人が目の前にいる。人は、自分を正当化しなければならない時、最も苦しむのだ。この人は、戦後の世界から「あなたはあなたなりに幸せになっていい、なるべきなんだ」と一度でもメッセージを受け取ったことがあるのだろうか、過去も未来も肯定されたことがあるのだろうか、と思った。その方は終戦後、ご商売で成功されて豊かな暮らしをされていた。まわりから見れば素敵な一家だっただろう。が、毎晩そんな苦しみを抱えていたのだ。

「明日、群馬の祖父に会いにいくんです」と言った時、こう諭されたことがある。「内山くんね、これだけはわかってほしい。ぼくの息子は芸能で成功者になっているけれど、自慢話ばかりでそうそう顔も見せにこない。そんなことより、きみがおじいさんの何でもない話し相手になっていることが、どれだけおじいさんを救っているか、励ましているかしれないんだよ」と、あれほど毅然とした人に嗚咽をこらえて諭された。この人の息子は、息子本人だけなんだろうか。息子本人にならずとも、この人が生きているうちに話したかったこと、それに耳を傾けられる人、たくさんいたはずじゃないのか。

いったい私は何を憎むべきなのか。

先ほどの祖父に会いにいく前日、ケアが終わり退室する際にその方は「どうか、おじいさんによろしくお伝えください」と、見送りに来てくれた玄関先で杖を置き、少しよろけながら敬礼をされた。うしろで奥様が「そんなことされたって困らせちゃうだけよ」と笑いながら諌めていた。

このひどい出来の、まとまりのない混乱した文章を、いまとある特養でほとんど寝たまま過ごしていて、コロナ禍ゆえに面会が禁止されている、私の祖父に捧げたいと思う。

じいちゃん、もう体動かすのしんどいだろうし敬礼なんてできないだろうけど、したくなったらいつでも、おれなんかでよければ遠慮なくしていいよ。

どなたか宛てに。

やあ、みなさま。こんにちは。
相変わらず終わりの見えないコロナ禍の中、いかがお過ごしでしょうか。このブログを読んでくださっている方には同業の方も多いと思います。なんとか堪え続けてはいるものの、政策も世間も反応は鈍く、また現場では平常時よりも緊張を感じながら、かなりストレスフルな日々を過ごされていることとお察しします。医療従事者含むエッセンシャルワーカーのみなさまには、心よりお礼とお見舞いを申し上げます。

さて、今日は真面目ぶって書きます。前回のエントリーが不真面目だったわけではありません。ゆく川の流れは絶えずして、あれも真面目、これもまた真面目。

いま自分のまわりを見渡してみると、こんなご時勢だからなのか、苦しんでいる人や迷っている人がたくさん目につきます。起業してみたけれどうまくいかない、頑張り過ぎて心身ともにダメージを食らってしまった、自分や相手の嫌なところばかり気になってしまう、やりたいことはあるけれどこわくて一歩目が出ない、などなど。どこにでもある悩みといえばそうなのでしょうけれど、本人にとっては疑いようもなく本当の悩みですよね。

そこで今回は、細々とではありますが事業主としてもそもそ生息してきた自分が何を大切にしているかについて、少しお話ししてみたいと思います。何の参考にもならない可能性たくさん%ですので、気張らず、軽く読み飛ばしていただければありがたいです。

事業主として生きていると、まあこれが、よくもまあこんなに、ごちそうさーん、あっははは、ってなくらい色んなことが起きます。もうね、どうやったらこんなんなるのか。ラスベガスのど真ん中でヒンズースクワットすることより想定外のことばかり起きます。んでね、ふふ、またほとんどがネガティブなことです。不思議でしょ。

私は1974年生まれで、かれこれ20年くらい事業主を続けてきました。紆余曲折なんてもんじゃなく、ううううううよよよよよよきょょょょくせせせつっつつつつくらいありましたね。もうだめだと思ったことは数知れず。本当の瞬間て、本当にこわいんですよ。壊れます。シャワー浴びながら、トイレで長旅をしながら、「わああ!」とか声に出ちゃったりします。

そんな時、どうやって切り抜けてきたか。というより、後から考えてみれば、こうやって切り抜けてきたんだなと感じることが、ひとつあります。

それはですね、自分で自分に「おれは、おまえを見捨てないよ」と語りかけてやることです。

それっぽく言うなら「自信を入れ替えること」なんだと思います。
一般的に言われている自信って、ほとんどがモノローグなんですよ。ようは脳内の独り言、思い込みでしかないんです。なので、揺さぶられるとものすごく弱いです。でも、自分で自分に対して語りかけるならダイアローグになります。対話をしながら少しずつ自分の輪郭をたどっていく、本心を引き出していく感じですね。これだと、一方に凝り固まることがないので、すっと気持ちが楽になったり、視野がひろがったりします。実は、在宅ケアに従事している方って、普段から利用者様にやってらっしゃるんじゃないでしょうか。

まったく参考にならないかもしれませんが、私なりの大切なやり方を書いてみました。

まだまだ苦しい時期が続くと思います。もしかすると、もうだいぶ負けが込んでいるかもしれません。なんで自分ばかりが割を食うのか恨めしく思う時もたくさんあると思います。そんな感情に飲み込まれて自分すら捨ててしまいたくなる時もあるでしょう。

でも大丈夫。
どうせ、合ってるのか合ってないのか分からない道です。必死でやってケガをしたなら、いつか必ずその傷が自分を救ってくれます。痛いねえ、まいったね、しょうがねえなあ、とつぶやきながら、ともに前を向きましょう。くちびる噛みしめて。

ファイト!

推しの真実、おれの事実。

二〇二一年七月末日、午後二時。杉並事変が起きる。
わりと気軽に寄っている回転寿司屋に行き、いつものように、いつもの順番で、タブレットから注文しようとしたら、おれの大好きなとびっこがお品書きから消えていた。思わず店内の壁にかかっているお品書きの札たちを灯台のように見回してみた。やはり、ない。

毎回、着席後に一皿目として注文するや否や、わりとすぐつくれちゃう品なのか、あっという間に新幹線に乗ってシャーーっと運ばれてきたとびっこが、今はもう、いない。

週明け、この事変について運営幹部にも意見を求めた。

取締役:「え?スーパーでも売ってるでしょ?」
管理者:「え?というか、とびっこって頼む?」

だめだ、こいつら。話にならない。

腹に据えかねつつも、翌日、つまり今日までやり過ごしたところ、発見もあった。だって、苦しいんだ。愛の持って行き場がない。好き?いやいや。その程度では追いつかない。もしや、これが巷で言われている「推し」というやつか? 推しとしか言えないゆえに推しあり、のあれか? つまり、おれは「とびっこ推し」なのではないか?という発見だ。

しかし、そこでまた新たな問いを突きつけられた。

取締役:「社長が好きなのは、とびっこですか?とびっこ軍艦ですか?」

なに、こいつ。知った風に。

もう我慢ならねえと思いつつ、冷静に考えてみればおれが推しているのはとびっこ軍艦である。認めざるを得ない。であるならば、だ。じゃあ、本当のとびっこはどれなのか、最も輝いている姿は?つまり本質は?

取締役:「わたしとしては、脇役でパラパラっとある、あの感じかな」

ああ、もはやこれまで。

おれとしては、もうこの時点でたったひとりとびっこを愛する旅に出るつもりだったのだが、とある方から「つまり、推しが幸せならそれでいいんです」と諭され、ふと我に返った。

なるほどね。
今のおれにできることは、ただ、とびっこの幸せを願うことなんだね。

しばらくは会えないかもだけど、また見かけたら声かけるよ。
「大将、もう一皿!」
こんな感じでね。

弊社デザイン商品販売開始(2021/10/1)のお知らせ

このたび、弊社がデザインを担当させていただいた商品が10月1日発売になるので、先行して張り切ってお知らせしちゃいます。まずは画像にてメイン商品のジャムをご紹介させてください。なかなか愛らしいパッケージができたと思うのですが、いかがでしょうか。


こちらの商品は、1993年から続くお店「ホサナショップ」のオリジナル商品で、素材をふんだんにつかった無添加&手作りが売りです。お世辞抜きでパンチがきいていて美味しいジャムなので、是非お試しくださいませ。

さて、わたしたちがなぜこの商品に関わらせていただいたかについて、お話しさせてください。

わたしたちが考えているデザインの定義は「かっこいい形や素敵な色合いをつくること」ではありません。もっと本質的な意味でのデザイン「情報と状況を整理して、新しい関係性を生み出すこと」を目指しています。

医療福祉業界では、素晴らしい活動や素晴らしい製品であるにもかかわらず、見せ方や伝え方がうまくいかずに正当な評価を受けていないケースをしばしば目にします。また、企画や初期費用の面でも、ブランディングやデザインに予算を立てにくいご事情があるかと思います。

そこで、医療福祉の現場を知るデザインラボとしてわたしたちは、初期費用を可能なかぎり抑えながら、長く伴走させていただく形で、地道にがんばっている方々のお手伝いができないかと考えておりました。

たとえば、今回のクライアントであるホサナショップ様は就労継続支援B型の施設です。B型施設は、なかなか利用者さんに工賃を存分に支払うのがむずかしい実情があります。

ですが、たとえばもし、わたしたちがお手伝いさせていただくことで、商品の質に見合ったデザインがなされ、今まで知らなかった方にも知っていただけて売上を伸ばすことができたら、より安定した施設経営、利用者さんへの工賃増額、地域住民のアルバイトでの参加など、経済面においても人間関係においても、ユニバーサルデザインへの一歩を実現できるのではないだろうか、それは医療や福祉の境界線を越えて、デザインの力で、町で暮らしている利用者さんたちのQOLに貢献できることになるのではないだろうか、そう考えていました。

今回窓口になってくださった職員の方が「“持続可能な自主製品の製造と販売”は“持続可能な事業所の在り方”そのものです」とおっしゃっていました。まったくその通りだと思います。

起業前からの夢がひとつ叶えられました。この機会をくださったホサナショップ様には心より感謝しております。もちろん、発売してからが本番ですので、これからも精一杯のサポートをさせていただきます。

医療福祉の制度はとても重要なものですし、様々な困難な状況にいる方にとって貴重なきっかけとなりうるものです。そのきっかけを基盤にして、そこから自分たちで道を開拓していく、そして自走していくためのチャレンジは、きっと愉しいものになるはずだとわたしたちは信じています。

ところで、蓋の果物シールかわいくないですか?
こちらホサナの利用者さんが描いてくれたイラストをモチーフにつくりました。

暑くなると思い出すこと

先日、大島康徳さんが亡くなられました。
自分自身ががんに罹患してからというもの、がんについて発信されている色々なブログやSNSアカウントを覗かせていただくようになり、大島康徳さんのブログは毎日読んでいました。
ブログの内容についてここでのご紹介は控えますが、ご家族様が「なんて強くて優しくてなんて見事な旅立ち方なのでしょう」と語られていました。その重い言葉を目にして、私にも、思い出すひとりの利用者様がいます。※以下の文章は個人情報保護に抵触しないよう改変しています。

その利用者様は、かなり若い方でした。仮に、Aさんとします。
Aさんは海外で仕事をされていたところ、末期がんの診断を受け「最期は母国で」と帰国し入院されていた方です。入院先の病院から弊ステーションに直接ご依頼があり、「もう一度自宅へ帰りたいと仰っているのでお願いできないか」とのことでした。実はAさん、すでにご自分でホスピスを予約されていました。その上で「あともう一度、自宅で過ごしたい」と決心されたのです。こういうご依頼に俄然スイッチが入る管理者Sが、退院当日から担当させていただきました。が、早くも翌日には病状が一気に悪化してしまったのです。オンコールにて緊急訪問し、ご本人・ご家族とご相談の上、救急搬送にて再入院、訪問終了となりました。

その後しばらくたった日、とても暑かった日でした。
ステーションに「お世話になったAの母です、今からご挨拶にうかがいたいのですが…」とお電話がありました。弊ステーションはややわかりにくい立地なので、外に出てみると、少し離れたところで心許なさそうに自転車を押している女性が目に入りました。近づいてお声がけしたら、やはりそのお母様で、ご挨拶もそこそこにおっしゃった言葉が「よかった…あの子との約束が果たせました」でした。

ステーションに入っていただきお話を伺うと、あの後、Aさんはご自分で決めていたとおりホスピスでご逝去されたこと、自宅に帰ってはみたものの痛みが酷くご自身で再入院を決断されたこと、たった一日だったけれど自宅に帰れたことに満足されていたこと、そして「わたしに何かあったときには、必ずSさんに御礼を言いに行ってね」とおっしゃっていたことを知りました。ちょうどSは訪問のため外に出ていた時だったので、その場でSに電話をかけて電話口にてお母様とお話させていただきました。

その後も、たくさんAさんの思い出話をしてくださいました。本当に自慢のお子さんだったんだなというのがよくわかりました。涙もふかずにお話しされていたのですが、なんというか、うまく言えないんですが、底知れない寂しさと哀しさはもちろんあるけれど、お話の口調が、どこか誇らしく感じられたんです。私も、その場にいた役員も、もらい泣き噴水状態でした。

でも、お話してくださったことと同じくらい鮮明に、私の脳裏には「心許なさそうに自転車を押している女性」の姿が焼きついています。お子さんとの約束を果たそうと、炎天下の中、慣れない場所まで自転車をこいでいらっしゃり、汗を拭いながらステーションを探されている姿は、とても心許なさそうで、そして、とても美しい姿でした。

現場時代も経営者となってからも、本当の尊厳について、いつも利用者様に教えていただいています。

インターンシップにつきまして

このたび弊社は、お茶の水女子大学 生活科学部 人間生活学科 生活社会科学講座とインターンシップ契約を締結いたしました。このインターンシップは、学生さんたちが外部機関にて実習し、その実習内容が評価対象となり、大学から単位として付与されるプログラムです。その外部機関のひとつとして、今年度から弊社を加えていただけることになりました。

このブログを読んでくださっている方はご存じかもしれませんが、実はこの企画、起業以前から実現したかったことのひとつでした。

もう5年以上前になります。まだステーションを開設する前にデザインラボとして外部協力させていただいたことがありました。その時、お世話になった先生に「いつかステーションを開設する予定なのですが、その時にはインターンシップを企画させていただけますでしょうか」と伺ったところ、「起業して何年かしっかりがんばれたら、またその時にご相談しましょう」とのお返事をいただいておりました。

いおりが5年目を迎えた今年、あらためて先生にご相談させていただいたところ、ありがたくもプレゼンテーションの機会をいただき、学内での審査をへて、正式に採用していただいた次第です。

ご承知のように、お茶の水女子大学は伝統ある難関国立大学であり、ジェンダーや男女共同参画などについてもリーダーシップのある大学です。卒業生は官庁に入職したり研究者になったりする方も多く、いわば制度設計や問題提起に直接関わる人材を輩出している大学です。わたしたち在宅ケアのステーションはそういった方々にとっての「現場を体感してもらう橋渡しの役割」を担うべきだと、ずっと考えておりました。

是非、学生のみなさんにはこのインターンシップを活用し、現場のケアを通じて見えてくる「様々な対話」や「答えのない問い」を体感していただきたいと思います。また、社会の網からこぼれてしまう人はどこからやってきてどこへゆくのか、そういった現実に早い段階からふれることは必ず貴重な財産になってゆくとも思います。

そして、日々ひとつずつケアを積み上げているわたしたち現場の支援職にとっても、未来に向けてそのような種を蒔いてゆくことは、自分たちの働くフィールドをより豊かにするための、また未来の人々の安心と安楽を実現するための道筋づくりになるのではないか、そう考えております。

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