昔の人って?

以前にも書いたかも知れませんが、わたしは旧赤線地帯の酒屋で生まれました。
赤線地帯といってもピンとこない方も多いでしょう。
興味ある方は、溝口健二監督の『赤線地帯』という素晴らしい映画がありますので観てください。
映画としておすすめです。

それはおいといて、昨今誰もかれもが口にする「ビジネス」ってなんでしょう?
利益を出すこと? 社会の役に立つこと? 株主になること? どれもなんか足りない。
わたしの感覚だと、ビジネスとは「生き残り術」そのものです。
そして、生き残り術で真っ先に思い浮かぶのが、酒屋の祖母なんです。

エントリーひとつでは書ききれないくらいたくさんの思い出があるのですが、
いわゆる「商い」をするうえで、どう立ち振る舞うべきなのか、を行動で教えてくれた人ですので、
今回はそのことをちょっと書きます。

祖母は、茶道や詩吟や舞踊や着付けなど、いろんな免状を持っていた人で、
酒屋の奥の間をつかって生徒さんたちに稽古をつけていました。
小さい頃のわたしは、祖母から言葉で躾けられたり叱られることはほとんどなく、
代わりに、その稽古に参加させられ、生徒さんの真似をしながら、
自然と挨拶や礼儀などをおぼえた記憶があります。

そして、稽古で稼ぎながら、旦那の商売である酒屋のサポートをしながら、
さらに、近場の料亭から夜にヘルプ依頼があれば、仲居として飛んでいき、
仲居ついでにお座敷の女性たちに着付けをし、調理師免許もあったので板場の補助をし、
下手すりゃ客の前で踊ってみせ、しまいにゃ酒の注文をまとめてとってくる。
そういう暮らしを普通にしていた人です。が、まったく疲弊感や悲壮感はなかったですね。
いつも元気いっぱいで、笑うときは腹抱えて涙流しながら大声で爆笑する人でした。

いまの人はあくせく働きすぎていて、昔の人はのんびり働いていたというイメージ、
そんなわけでわたしにはまったく浮かびません。

地域柄成り立った稼ぎ方でもあるし、普通の勤め人の方とは一概に比較できませんが、
自分を資源として捉え、生き残る術を見つけ、そして怠けずに行動し続けること。
その芯の部分は、環境や素質や時代など関係なく、
個人が生きるうえですべきこととして変わらないんじゃないでしょうか。
祖母がやっていたのは、いまでいう超優良個人事業だなと思います。

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