WS@東京大学

先日、東京大学の研究所主催ワークショップにお声がけいただき、参加してきました。
イントロで、基盤としている考え方を少しお話しさせてもらったのですが、
さっそくランチブレイクの時に興味を持って話しかけてきてくださる方がいました。
某超大手企業に所属しているその方は、こう仰っていました。
「社員の介護離職・休暇に悩んでいて、なかなかソリューションが見つからないのです…」

まず、この問題の切実さに気づいていらっしゃること、
社員の問題を企業側としてなんとか解決したいと思っていること、
ならばとこういうワークショップに参加してみること、
本当に素晴らしいと思いました。

イントロで「わたしたちから出会いに行きたい、出会いに行くべきなのです。それは苦しんでいる当事者やご家族のためだけではなく、より良いケアを提供させていただきたいわたしたちのためでもあるんです」とお話したのをポジティヴに感じてくださったようで、「とても感銘をうけました。そういう活動がもっと広がってくだされば…。」と仰ってくださいました。

たとえば、自分がなんらかの病気になったとします。自治体や役所に申請に行きます。
聞かれるのは、「どうしました?」「お医者さんはなんて?」「ご家族は?」etc…
つまり、いきなり「本題」なんです。しかも専門職側の文体や語彙とすりあわせていく形で。
断っておきますが、決して批判しているんじゃありません。
その本題のやりとりの前に、もっと出来ることや打てる手があると思うのです。

なんのために?
自分を含めた人間の暮らしが、より素直で、より自由であるためにです。

それこそが地域密着型ステーションの特技のはずです。

だって、自分という存在と向き合ってみれば、ほとんどが本題以外で成り立ってますよ。
理解や意味に落とし込めない、いわばノイズをたくさんまとっているのが人間です。
でも、ノイズでも、伝わる人にはあっさり伝わったりするから面白いんですよね。

ここでも何度か書いていますが、起業した時のインスピレーションである「リデザイン」を待っている方は、たしかにいる。
それは去年あたりから確信に変わりました。また、共鳴してくださる方とも少しずつ出会えるようになり、さらに力を貸してくださる方、力を与えてくださる方と一緒に動き始めています。経営者としてこんなに幸せなことはないですね。

ちなみに今回のワークショップ、東大といおりの橋渡しをしてくれたのは、
昨年から関わらせていただいている小杉湯さんなんですよ。
地域のステーション〜町のハブである銭湯〜東京大学の研究所と一気に繋がったんです。
こういう水平展開、めっちゃおもろくないですか?

明後日、また某国立大学の方がいおりに取材にいらっしゃいます。
今度はどんな展開になってゆくのでしょうか。どんな価値がつくれるんでしょうか。
奇妙な言い方ですが、「他人事のように」愉しみなんです。

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よろこび

情けなくも白状すると、正直、いま運営陣はてんてこ舞いです。
今年からサテライトが開設し、様々なプロジェクトに参加し、また自分たちでも企画し、
本ステーションの杉並は病院さまクリニックさまから直接ご依頼がいただけるようになり、
ありがたきしあわせな悲鳴をあげています。

医療依存度が高い利用者さまのご依頼をいただけることは、
訪問看護ステーションとして信頼していただけている証しです。
そして同時に、連日訪問になる可能性が非常に高いのです。

そんな中、あるスタッフから私に、直接メッセージをもらいました。
「管理者さんが、とても大変そうです。わたしたちを頼ってください」
「スタッフで相談しました。明日の休日訪問はわたしたちが代わります」

本当にうれしかったです。
これだけステーションが閉鎖していく、倒産していく、
人材が集まらない、パワハラが横行してる、管理者が無責任などなど…
そんな話をあちこちで耳にする昨今、なんて恵まれているのだろう。

感謝、と言いたいし、むしろ言うべきところなのかもしれませんが、
もっと奥深くのやわらかい部分にダイレクトに響く「よろこび」でした。
見える景色が広がっていく、見たい夢が生い茂っていく、そんなよろこびです。

専門職として以前に、人として、こんな愛情あふれるスタッフたちに、
もっと幸せになってもらいたいし、もっと町の中で活躍してもらいたいです。

そのために、私は、ひとりで真っ暗闇を先陣切って走り抜けて、
やさしい灯りをともして、みんなを信じて待ってようと思います。
みんなが到着して、また出発したら、先回りして荒地を耕して、
新種の作物をつくって、またみんなを待ってようと思います。

鉄火巻とかっぱ巻

私、けして清貧を尊ぶ気質じゃありません。
どんどん豊かに、飢えることなく、美味しく、
気持ちよく、心地よくなるべきだと考えています。

ところで私、回転寿司に行くと、
ほぼ毎回鉄火巻とかっぱ巻を頼むんですよ。

あなたも?
これは奇遇。

私は群馬の生まれで、群馬は山のものが基幹食材である地です。
冷凍技術が格段に上がった現在とはまるで状況が違いますし、
海のものはあんまりよくなかったはずですが、
きっと祖父にとっては、寿司=ご馳走だったのでしょう。
祖父宅から帰る日には、必ず食べさせてくれました。
カドヤという名前の今でいうファミレスみたいな和食屋さんで、
寿司桶のフリしたプラスチックの桶に、
たしか三ツ矢サイダーのロゴみたく3列に並んでた。鉄火巻。

不思議なのは、
肝心の味はまるで思い出せないのだけど、

だいたいこんな感じの照明で、
自分の視線の高さはこんなくらいで、
こんな声色で誰かと誰かが喋っていて
さっきまでいた家ではこんな音色で鈴虫が鳴いてて、
トイレまでの廊下はこんなくらい暗くて寒くて、
炬燵で曽祖母ちゃんがこんな表情で煙草を吹かしていて、

はるか遠い記憶なんだけれど、なぜか「こんな」と。
「こんな」ばかりを憶えているんです。
おれ、どうやって集めたんだろう。

まあ、それはおいといて、
最近読んでいた本にですね、かの有名な懐かしいフレーズ、
「家庭の幸福は諸悪の本」と「親があっても子は育つ」
が引用されていたので、まあそりゃそうだ、と呟きながら、
鉄火巻を美味しくもぐもぐしてました。それが土曜の昼です。

ちなみに、かっぱ巻を頼むのは、
わさび巻的な役割というか、
なんとなく最後にさっぱりとしたくて。

あれから三十年

えーっと、実は久々に本格的な体調不良でして…。
じゃあ、ブログなんて書いてないでさっさと休めとも思うんですが、
それは、まあ、最後に理由を書くとして。

三十年前の冬、中学校三年生の私はあるコンサートに行きました。
そう、当時復活ワールドツアー中だったPaul McCartneyです。

何度かこのブログでも演奏について不遜な物言いさせてもらっていますが、
当時の私、もう自分でギター弾いて歌ったりしていた頃で、
練習しては録音し、自分の演奏を聴いてみても、ささやかな自信があったんです。
もうね、、、The Beatlesにハマりまくっていて。。。
授業中、ずっと歌詞を翻訳していたことで英語が得意になったし、
ギターのネックに近い厚みのアルミ製の筆箱を買ってきては、
裏にマジックペンでフレットと弦を書き込み、
指攣りそうになりながらも押さえまくる練習をしていました。
一曲仕上がると、友人に無理やり聞かせ、
ほとばしる才能を見せつけていたわけです。あほですね。

そして当日。東京ドーム。
たしか当時のPaulは48歳くらいだったけど、
もうね、ショックでした。凄かったです。ガツンとやられました。
なにがって「こんなに声を出すんだ」ということに吃驚したんです。

自分がそれまで耳にしてきたのは、
あくまでメディアに記録されている音だったわけで、
それはもちろん悪いことでもなんでもないんだけど、
本人が、生身の本人が目の前で発散しているそのもの、
その迫力って凄いし、それを感じ取ることも凄いんだなと。

それ以来、自分の演奏が向かう先、その景色が変わったんです。

似たような話を別で聞いたこともあります。
アメリカで活動している日本人ジャズギタリストの方が話していたのですが、
まだ日本に住んでいた頃、当時高校生でライブホールのアルバイトをしていた時、
すごいグループの来日公演に立ち会えた。そのバンドのギタリストに、
「自分もジャズやってるんですけど、よかったら聞きに来てください」と伝えたら、
なんと、小さなライブハウスに本当に来てくれたと。
それで、楽屋に転がっている安物の楽器とアンプでちょろっと弾いてみせてくれたら、
もう、そのギタリストの音になっていて吃驚したらしいのです。
その時、もちろん機材が良いに越したことはないけれど、
あくまで、指のアクションでその人自身の音が出ることに気づけたと。

ただこれもですね、エピソードとしてめっちゃ素敵なんですが、
やっぱり当事者に突き刺さった衝撃は、なかなか伝わりにくいとも思います。
なので、自分自身にとっての刺されるチャンスを逃さないようにしたいですね。
生身の人間がやれることの迫力って、本当に凄まじいです。
メディアや情報に流されがちな時代であるならなおさらです。

ところで、なんでこんなネタを書いたのかと言うと、
ああ、自分が疲れているな、と心の深い部分があやうくなったとき、
昔に夢中になった音楽が救ってくれること、ありませんか?

誰もが成長過程で通過する時代、
理屈や解釈におさまらず感覚だけで世界を広げていく時代、
その時代に愛したものは、そうそう嫌いにはなれないし、
ふとしたときに出会いなおすと、また手を繋いでくれます。

今日は、これを聴きました。

謹賀新年

あけましておめでとうございます。
皆様方にとってたおやかな一年になりますことを、
心よりお祈り申し上げます。

さて、本年より、ナーシングケア いおりは、
ふたつのステーション(杉並ステーションと目黒サテライト)を稼働させて
地域の皆様に尽くしてまいります。

特に目黒サテライトにおきましては、
障害、小児、精神疾患の利用者さまやご家族さまへのケアも幅広く承りつつ、
信念と着想をもって貢献させていただきたいと考えております。

在宅ケアとデザインの可能性を信じ、より一層精進してまいりますので、
本年もどうぞお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。

2019

もう残すところ数日となりました。
来年元旦から新しい事業所を立ち上げるため、絶賛てんてこ舞い中なので、
個人的にはまるで年末感ありませんが、区切りとして振り返ってみたいと思います。

今年はいおりにとって本当に激動の年でした。
一年前の自分に現状を伝えても信じなかったと思います。

ずっとやりたかったこと、地域のケアを参加者主導で底上げしていくプロジェクトが「ちいけあ」として結実し、素敵な参加者の方々と出会えました。今年だけで二回の開催を実現でき、来年3月には入江杏さん(この方との出会いも大きかった)を講師にお迎えしての第三回目が控えています。

是非一緒にやってみたかった方が入職してくれて、その方のリーダーシップのもとにスタッフたちが日々ポジティヴにがんばってくれています。また、私が目指していることを感じ取ってくれて、現場レベルに翻訳するセンスもある方で、スカウトした時に想定していた以上の活躍をしてくれています。

今年入職した訪問看護にとても愛のあるスタッフが、入職してからいろんなチャンスにめぐり合い、自分のキャリアを肉付けしています。訪問看護をはじめてから紆余曲折あっただろうけれど、好きな分野でもがきながら新しいことに挑戦しているスタッフの姿を見ると、素直に応援したくなります。

去年のクリスマスに訪問介護でぃぐにてぃの社長である吉田さんに誘っていただいて演奏してきた多古町ですが、今年は二回遊びに行けました。先日、中心である郡司さんと話し込んだとき「演者と客みたいにきれいに分かれてるだけじゃ面白くねえもんな」と。まさに自分も同じ考えです。もともとはそうだしね。来年はもっと遠征したいな。

医療×銭湯。これもずっとやりたかったことでした。町のハブになっている場所にこちらから出掛けて、ノイズから予期不安を拾いつつ社会的処方を実現していく。病気や障害といういわば本題を中心に置かず共生していくイメージです。以前にこちらでも紹介したふじはるさんと小杉湯さんのおかげで第一歩が踏み出せました。可能性しか感じないので、今後が楽しみです。

日々の発信はツイッターアカウントを主に使っていますが、そこで知り合った現場の管理者クラスで日々がんばってらっしゃる方々の仲間に入れてもらえて、仲良くしていただいています。信念持ってがんばっている方々ばかりでお会いするたびにとても刺激をいただいています。こんな門外漢でも迎え入れてくれてありがたいです。

いおりの理念を思い浮かべた時、どうしてもやってみたかった領域が障害と精神なのですが、漫画でもこんなストーリーないだろ的なご縁から、関わらせていただけることになりました。訪問介護時代にとある利用者さん(現役時代はバリバリ)から言われた「見てる人は見てるよ」が身に沁み入りました。

まだまだ書き足りません。
それにしても、こう書き綴ってみると、いかにいおりが恵まれているか感じ入ります。
自分でつくっておいてなんですが、愛されているステーションなんだなと。
是非一緒にやってみたいなと感じる方にも、今年だけで何人かに出会えました。
だからこそ、絶対に裏切るようなことをしちゃいけないですね。
期待を裏切らずに想像を超えた前進をするのはとても難しいことですが、
そんな局面を与えてもらえていることに心から感謝しつつ、
来年も、奢らずに、媚びずに、挑んでまいります。

私は、独立独歩的な気質の人間ですし、実際そういうつもりで生きてきました。
なので、組織として動いていくことのややこしさを鬱陶しく感じたこと、
この三年間足らずで無数にありました。これからも無数にあるでしょう。

でも、今は素直に言えます。
起業してよかった。

良いお年をお迎えください。
いおりに関わってくださるすべての方に感謝をこめて。

株式会社 Skyhook
ナーシングケア いおり
代表取締役 内山 健太郎

実務者研修第一期生

なのです、私。
今から数年前に職業訓練校に通って資格を取った後、訪問介護の現場に出て、介護福祉士を取りました。
その訓練校の同級生とは今でもLINEグループでやりとりしていて、たまに集まって飲みながら近況報告などしています。
思い返してもクラスメートに恵まれていたと思います。個性豊かで、みんなやる気があって、いい環境で学ばせてもらえました。

クラスメートの中に、当時で50代後半だったかな?ライターの女性がいて、仲良くしてくれてたんです。
実技のトレーニングなんかも一緒に居残りしてやったり、介護について未熟同士なりに意見交換したり。
けっして器用な人じゃないんだけど、とても頑張り屋さんだし、苦労してきた後の優しさみたいのを持っている人で、この人は現場向いてるよなあと思ってました。

学生生活も残り少なくなってきた頃のことです。
彼女、一生懸命頑張っているのに、それは誰もが知っているのに、試験であんまり点数がよくなかった時がありました。ちょうどその頃、私たちは実習先(特養)が同じで、毎朝実習先近くの喫茶店で落ち合ってから現場実習に行っていました。

ある朝、彼女がこんなことを言いました。
「あのさ、ひとつだけ願いが叶うとしたら、ってあるじゃない?
今のわたしは素直に思えるんだ。地位も美しい顔も大きなおっぱいもいりません、
でも、記憶力をください、って」

数週間後、苦労しつつ無事卒業し、彼女は施設に就職し私は訪問を経て起業、と別の道へ。

そして先日、前のエントリーでお知らせしたようにサテライトを開設することになり、
クラスメートたちにグループLINEで報告したところ、
彼女から個人的にメールが返ってきました。本人の許可を得て引用させてもらいます。

……………………………………………………………
ご無沙汰してます。
○○ちゃんから事業拡大のニュースが届きました。
おめでとうございます!大躍進ですね。
比べものになりませんが、私も上昇中です。
今年は査定の結果階級が上がり職員の中でトップのお給料に。
さらに先月より全社で新設されたリーダー職に就任!
またこの夏、研究発表会にエントリーしたところ、
予選、本選を通過してグランプリファイナルに出場することに!
まさか60を超えて出世するとは、、、びっくりですわ。。
というわけで、私も頑張っております。
年末年始を控えて忙しいことと思いますが、
どうかお身体ご自愛ください。
ますますのご繁栄を心よりお祈り申し上げます。
………………………………………………………………

最後にもう一度添えておきますね。
彼女は、けっして器用な人ではないですし、
出世や地位を追いかけた人でもありません。
でも、いつも、心が一生懸命でした。

「心の声を聴く」―主催:ミシュカの森

タイトルのワークショップに入江杏さんよりお声がけいただき参加してきました。
以前から杏さんにお話をうかがっており興味をひかれていた臨床心理士の倉石聡子さん(アップコンセプト・スタジオ代表)が講師であること、アートセラピーがメインのワークショップということで、とても楽しみにしていました。

素晴らしい時間を過ごさせていただきました。
感じたことはたくさんありますが、倉石さんを軸にした参加者の皆様との対話そのもの、お互いの表現を感じながらお互いをゆっくり知っていく、その対話のプロセス自体がとても有意義なものだと感じられました。それぞれに作品をつくり、お互いの作品について語りながら、批評のように作品にフォーカスするにとどまらず、自然に逸れ、戻り、追いかけながら参加している感触はとても心地好いものでした。作品って先に行くんですよね。

文脈は忘れてしまいましたが、対話の中で、私がある発言をし、杏さんが同意してくれたことがあります。それは、「往々にして利用者さんは、言えていることではなく、むしろ言えてないことに本心が宿っている場合が多い」ことです。もちろん、言えていることからも意味を拾うのは当然ですが、現場での経験上それだけでは不十分で、歌や詩として五感で受け取ることを心がけていました。

エビデンスがあるわけではないのですが、おそらく、不安な状態、混迷した状態にある人って、依存先を振り分けるバランスがうまくいってないゆえに、内面を補強しようとする傾向があるんじゃないかと考えています。自分にも身におぼえがあります。
極端な言い方をすれば、「あなたの希望を聞かせてください」と語りかけられた時、個人として告白する役割を「相手に強制されている」状態になります。「わたしは~したい」が基準になり、その基準に沿った言動でなければ答えていることにならない状態、いわば「制度下に存在している状態」とも言えるかもしれません。

ですが、そもそもその基準に沿えるような自力が保持できているならば何も困らないわけで、その前段階として、「わたしは~」に続けられる状態にある人なのかどうかを察することがとても重要だと思っています。そして、それは、本当に、「前段階」なのでしょうか。

言語化できれば自分の外に出せますが、
出せなければ、いずれ自己の器を超えて溢れ出してしまいます。
あるいは、器自体が内圧に耐えられず決壊してしまうでしょう。
さて、どうするか。そのヒントがアートセラピーにはあると感じました。

この話、掘ろうとするとブログではおさまらないので、このあたりで止めますが、アートセラピーには、その硬直を解放させる可能性があると感じられてうれしかったです。ご興味ある方、是非体験してみてはいかがでしょうか。

前回の講演と同様、テレビの撮影が入っていました。杏さんの活動への敬意が感じられる丁寧な撮影クルーの方々でした。
年末の特番で放映予定だそうです。素敵な番組になりますように。

ミニライヴ in 多古町!!

まずはこんなプレゼンからどうぞ。

在田 創一:ケアからはじまるまち育て「タコ足ケアシステム」

そんな在田さんが中心メンバーのひとりであるタコ足ケアシステム、いまや厚労省も取り上げるほど知られていますが、そもそもは、スナックのご主人、靴職人さん、パン屋さん、通信制高校の教諭さんと生徒さん、などなど、地域で働き暮らす人々が福祉職と連動して育んできた地域ネットワークです。リーダー的存在である多古町のおっちゃんこと郡司さんとお話した時にも「統制していくのはつまらなくなるからダメだ」と仰っていて、自分もまったく同じ考えだったので、とても興味を惹かれました。

実は多古町とのきっかけをつくってくれたのは、わがパイセンこと訪問介護ステーション でぃぐにてぃの代表である吉田真一さんです。去年の今頃だったかな、会社に電話がかかってきまして「いまから無茶なこと言うからね、おれがXmasに多古町で歌うから、伴奏よろ」と指令をうけたのが始まりです。

そんなわけで昨年のXmas、バンド名をひねりもなんにもない「シャチョーズ」としつつ演奏がてら遊びに行ったら、これがほんとに素晴らしい雰囲気でですね、すっかりファンになってしまい、次に行けるのを心待ちにしていたんです。

そして10/6、再訪してまいりました!
今回、屋外ライヴの予定だったのですが、例の台風15号の影響で屋内での開催に。ちなみに、吉田パイセン一家が「日中はラグビー観戦をするので」という理由で、シャチョーズは二次会からの参戦になりました。いやー、めっちゃ楽しかったですよ。

あの自由で開放的な雰囲気は、企図して実現できるもんじゃあないですね。参加している人たちの人間力そのままに他ならないと思いますし、当り前ですけど、やっぱり核となるのはそこで暮らす人々のマインドであることに間違いないと思いますね。ロジックやコンセプトから成立させようとコントロールして上手くいかないのなら、ああいう雰囲気や現実を肌感覚で知らないからかもしれません。ご興味ある方は、是非調べてみてください。シャチョーズ、次はXmasにまた演奏がてら遊びに行きます!

おまけに二次会まで含む動画を。1:14:52あたりからの即興で演奏したCome togetherで背中向けてギター弾いてるのはわたくしめでございます。歌ってるのは郡司さん、ドラムは町の眼科医の先生、在田さんノリノリw

20190926 小杉湯×医療者

起業時からやりたかったことがこんなに早く実現できるなんて。
何よりもまずは、コーディネートに奔走してくれたこの方、友人でもあり、ご近所の保健師さんでもあるふじはるにこの場を借りて御礼を言います。
本当にお疲れさま!えーんど、ありがとう!

ふじはる本人がとても想いのこもったレポートをnoteにあげてくれているので、そちらはおまかせするとして、私なりにこの企画をやりたかった理由を書いておきたいと思います。

そもそも、私が起業してステーションをやりたかったのは、事業として拡大路線を狙って稼ごうとしてではないのです。もちろんこれは、事業としてそういった指向性の方を批判するものでは一切ありません。私自身がステーションを運営するにあたり、そういったモチベーションを保てないし、単純に言って下手くそだろうし、それ以外のことばかり着想してしまうという、自分の指向性によるものです。

弊社の理念:ケアとデザインでくらしをつなぐ

デザインと聞くと、かっこいいフォルムだとか、見栄えのいい色合いだとか、そんなイメージを思い浮かべる方が多いと思いますが、デザインの本質はふたつ、「情報整理」と「関係の再構築」だと私は考えています。弊社なのかもの言葉を借りるなら、ずばり「ソリューション」とも言えます。

いま、孤立や予期不安が問題になっていますよね。
これ、突然発生しちゃった問題じゃないですよね。
ずっと、こうなるだろうとわかっていたことですよね。

なぜ、放置しちゃったのでしょうか。
(でも、このことを悔やんで悩むより)
そもそも、放置ってなんでしょうか。
(こちらに気づくことが大切だと思って)

放置の条件とは何か・・・(あほですね)
ではなく、そこに必ず欠いているものを理解しないといけないなと。

それはきっと、
「出会い」と「対話」です。

イベントの最後にご挨拶させていただいたのですが、その時にお話しさせていただいたのが、保険制度は素晴らしいものだしありがたいものだけど、いわゆる窓口に相談に行った場合、そこでは心理的に「本題」を語らなければいけないプレッシャーがあるのかもしれないということです。「何に」困っている、「誰が」おかしくなっている、「どう」したい、などなど。
でも、人の心配や困りごとって、そんなにはっきり中心が見えているものではないですよね。もっとぼんやりしているから不安に(文字通り)包まれているのであって、中心=課題とはまた別のところのたくさんの情報をご本人の言葉で語ってもらってこそ、その人の本当の悩みや願望が立ち現われてくるものではないでしょうか。

小杉湯さんは、すでに飛び抜けた価値のあるハブとして存在していますが、もちろん一朝一夕に出来上がっているものではありません。街の中で何十年何百年と育まれてきた、街の、住民の、何にも代えがたい「財産」なのです。こういう場所、実はまだまだ街の中にあるはずです。
私たち医療福祉の従事者が「街の地力を貸していただく」リスペクトを持って、歩み寄ってゆけば、もっともっと街の財産に出会えるはずです。その出会いの接点を、知恵と着想で捻り出してゆくことを、私としてはデザインと言っています。

「本題」より、「本心」に出会いに行きましょう。
自分が暮らすこの街のために、この街に暮らす自分のために。

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