Hさんの思い出

わたしはほとんどファーストフードを食べません。
特に毛嫌いしてるわけじゃないんですが、年に一回食べるかどうか、です。
子供の頃からその手のものを食べる習慣もなかったし、接点もありませんでした。
なんせ花街の酒屋うまれで、祖父は酒豪で、食事といえば、塩辛や冷奴や刺身や珍味類などが並ぶ食卓だったので、そもそも子供らしい食生活とはあまり縁がありませんでした。
そんな感じの育ちなので、幼稚園のお泊まり保育のときには園長先生に「べったら漬ないの?」と聞いたくらいです。

余談ですが、わたしはバーを自営していたことがあり、大抵の酒飲みは見てきましたけれど、
今まで会った中で一番強いのはこの祖父ですね。もう、ぶっちぎり。商売柄、8歳から晩酌してたらしく、毎晩ビール1ケース(24本)か日本酒一升を呑んでました。しかもそこがリミットなわけじゃなくて、ただ単に区切りがいいから1ケースか一升にしてただけです。

話は戻って…
食べ物や飲み物って、すごくイメージが影響すると思うんです。イメージそのものかな。
わたし自身はそこまで酒飲みでも酒好きでもないんですが、やっぱりつまみになるようなものは今でも大好きです。なんとなく楽しいイメージがあります。〆の蕎麦も最高ですね。
きっとそれって、味そのものより、無意識の記憶や願望と結びついてるんだと思います。

去年、ある方(Hさんとします)を看取りました。末期癌でした。
Hさんは、鳶職の男手ひとつで娘さんを育て上げた方で、鳶職の威勢よろしく、既にだいぶ進行している癌が見つかった時にも「一切の治療も延命も要らない。」とご自身で宣言して、その通りに小さなアパートの一室でひとりで亡くなりました。七十を過ぎたばかりでした。

わたしはHさんの最後の数ヶ月を担当させていただいたのですが、
徐々に衰弱していき、痛みも強くなり、いよいよベッドに座るのもしんどくなってきた頃、
食べたものや飲んだものをたびたび嘔吐するようになりました。そんな時、だいたいHさんは「ゼリーとかヨーグルトとか買ってきてくれないか?」と頼んできました。

ある日。
「マクドナルドを買ってきて欲しい。あなたの分も。」と依頼されました。
固形物なんてもう喉を通るはずもないのにです。
でも、本人が望むなら、と買ってきました(自分の分は、ほんとはダメです)。

Hさんは、小さくひと口だけ食いついて、飲みこめずに戻しました。
わたしもひと口だけ食べました。マクドナルドを食べました。一緒に。
常識的な意味では一緒に食べられてないのかもしれないけど、本当に一緒に食べたんです。

「マクドナルドが食べたい」と言った時のHさんの顔、
「さみしいから一緒に食べて欲しい」と言った時のHさんの顔、
Hさんの照れた表情は、不思議と、とても精悍に見えました。

いまでもマクドナルドの前を通ってふとHさんを思い出すと、
Hさんにとってのマクドナルドってなんだったんだろう、と想像します。
つい、聞きそびれてしまいました。

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