i or i (not “we”)=いおり

ここ半年くらいの間に、起業についての相談を何件も受けました。
直接の知人や友人以外にも、誰かの紹介で、誰々から聞いて、などもあります。

わたし自身、まだ会社は駆け出したばかりで、人様の相談を受けるような器でもないんですが、
袖触れ合うも縁のなんちゃらみたいな感覚が好きなので、
出来るかぎり自分なりの誠実さをもってお話をうかがうようにはしています。

そこで、いろんな案件を聞くうちに感じたことがあります。
壮大なロマンみたいのが前提に鎮座ましましているケースは別にして、
やっぱり現代の日本社会で生きていて、なにがしか真面目に取り組んでいる人は、
「どこかに所属してなんとなくこなしていれば生活が安定する」ことを、
もはや信じていないんだな、ということです。
それが国であろうと会社であろうと、です。

個人的には、これ、すごくいい傾向だなと思っています。
むしろ、やっとこうなってきたんだな、もっと浸透すればいいなと。

ある精神学者が、日本人を「自我実現に夢中で、自己実現しない」と評していました。
似て非なるどころか、まるで原理が違う二者なのに、混同されがちなんです。
前者には「公」がありません、後者は「公」がなければ成り立ちません、
「公」とはみんなが集まっていることではなく、個が集まってみんなになっている状態=運動です。
(余談ですが、そんなわけでタイトル通りのステーション名が気に入っています…)

そもそもわたしは、法人化してステーションを立ち上げる時に、
デザイナー的な視点と視野で経営するつもりで立ち上げました。
その視点から生み出したいステーションのイメージ、
いくつかのコンパクトな基地を町の中に確保して、職種や所属を超えて、
連携したプレーヤーたちがその基地間を自在に動き回れる、
そんなイメージを自分たちだけでなく町に暮らす人とも共有することを目指しています。

まだまだこの業界自体が洗練されていませんし、システムの設計自体も未熟に感じます。
素晴らしいプレーヤーはいるのに、制度やしがらみに隠れてしまっているようにも見えます。

でも、なにか不都合なことが起きた時に国や制度に文句言っても始まりません。
ニーズに人手が追いつかない未来がもうすぐそこに近寄って来ている以上、
自分たちでリスクをとって、利用者さんと社会とプレーヤーがそれぞれ幸せになるような、
また幸せや安心感を還元しあえるようなインフラを設計したいと思っています。

相談に来てくださるみなさんに言っています。
起業してうまくいかなかった場合に討ち死にする必要はまったくありません。
そういうのは、既得権益側が都合よくでっちあげたロマンです。
信頼関係のある居場所で力をためて、また再起すればいいんです。
無謀なリスクを取って派手に打ち上げるより、そちらのほうがはるかに勇気ある行動です。
そのためには、コンパクトに大切に事業を育てながら、
信頼できる仕事と人脈を築き、また守っていくことがなにより大切です。
お金があっても事業がうまくいくとはかぎりませんが、
信頼があればかなりの高確率で事業は実っていく、
途中で多少の間違いが起きても連携間で修正が効く、とわたしは思っています。

やっぱり、好きな人たちには、成功してもらいたいですから。

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