弊ステーションは、お茶の水女子大学の生活科学部内の講座とインターンシップ契約を結ばせていただいておりまして、今年度より実際に受け入れを始めています。10月から開始して、合計60時間の実地研修のいま3分の2程度を過ぎたところです。そしてこのたび、大学の講義内で活動報告発表をする機会をいただき、その準備のために色々調べながら、表題のプランを参照させていただきました。
このプランは、「訪問看護推進連携会議」を構成する3団体様(日本看護協会、全国訪問看護事業協会、日本訪問看護財団)が地域包括ケアシステムの構築に向けて、平成25年度に策定したプランです。ご興味ある方はこちらのリンクからpdfがダウンロードできますのでご参照ください。
プラン中に示されている数字を見ていくと、現実が見えてきますね。自分の体感と近いところ、気づいていないところ、感じるところがいろいろとあります。
これからますます在宅ケアは重要になる、もっと在宅でのお看取りを増やしていく、医ケア児や障がい者の方々も在宅でフォローしていく、では「誰が?」するのか、「どういう人に?」してもらうのか、「どのような制度が?」必要なのか、考えさせられます。
オバマ元大統領が退任する時期のインタビューで、「これからはAIでは代替のきかない仕事がもっと評価されるべきで、看護師、介護士、教師、主婦、アーティストなどだ」と答えていました。つまりGDPに直接反映されてこなかった仕事、数値化しにくい価値を生んでいる仕事ですよね。未来の人々に、その仕事に就いてもらい、プレーヤーとして育て、続けてもらい、充実してもらうためには、正直、現状の報酬、現在従事している人々への対価だけではまるで足りない実感があります。人員が少ない中で新卒の看護師さんを育て上げている病院経営の内情も、小規模ステーションが6割以上を占める訪問看護ステーションの運営も、まったく余裕はありません。
でも、報酬が上がるだけで解決することだとも思いません。在宅ケアはなぜ必要なのでしょうか。どんな価値を持つべきなのでしょうか。その核の部分を見据えながら貫いてゆく運営が今後求められてゆくと思います。
そこかしこでこの国は衰退していくと言われています。仮にそうだとして、ではわたしたちは、いま当たり前にあるものから、何をあきらめるべきで、何をあきらめたくないのでしょうか。これらの問いは「自分はこれからどういう社会を生きたいか」に直結する問いです。
弊社が、社会科学を学んでいる大学生を事務アシスタントさんとして採用したり、インターンシップを企画し実践したりしているのは、未来の大人たちにも、そういった議論にどんどん参加してもらいたいからで、これも弊社の考えるデザイン活動です。その未来の大人たちは、やがて官庁に入って制度設計に関わる方かもしれませんし、メディアからあるいは個人として問題提起をしてくれる方かもしれません。
そして、ステーションを稼働させながら、デザインラボとして伴走しているのは、ステーションの「目」が拾い上げてくる軋みを、デザインラボの「手」をつかって整え、また現場において利用者様とわたしたちのフィールドを耕してゆきたいからなのです。