最近、中井久夫先生の講演録を読んでいます。
精神科医として知られた方ですが、
若い頃にはポール・ヴァレリーの研究者になろうか迷ったこともあったらしく、
とても言葉遣いが豊かで、表現ひとつひとつに感銘を受けながら読み進めています。
その中でも、特に目から鱗だった箇所、
在宅ケアに関わる方が憶えておいて損はないと感じた解説がありましたので、ご紹介しておきます。
唐突に恐縮ですが、
みなさん、殺したいやつ、思い浮かびます?
私は、誰しもに思い浮かんで当然だと思いますし、
それ自体なんら問題ないと考えている人間です。
ただ、実行に移すかどうかには、計り知れない溝が感じられますよね。
そこで非常に面白いのが、「思いつき」があってから「判断する」までの時間が、
実はもう大体解明されていて、約0.55秒なんだそうです。
この現象を中井久夫先生は非常に面白い表現で語られていますので、引用します。
“私たちは、この0.55秒遅れを「現在」と考えているわけですね。
いま思いついた、と。実際は「殺してやりたい」と思っていても、
「まあ、待てよ」ということなんです。これでわれわれはなんとか日々を過ごしている。
実際は考え直していても、それを反省とは思わないのです。”
古今東西あらゆる哲学や文学で語られているとおり、
人間には悪が内在しています。私もその認識に賛成です。
ですが、その先走ってしまう無意識を、良心・意識で引っ張り戻すわけです。
どこに? われわれが「現在」と読んでいる世界に、です。
※余談ですが、意識も良心もヨーロッパで生まれた観念で語源は同じらしいです。
なんだかこのまま突っ走るとSFみたいになっていきそうですが…
つまり、人間が本来的に抱えている「悪」を排斥することは無理難題で、
そういう方向に尽力するのではなく、うっかり引きずられそうになった時に、
自力で引っ張り戻す場所をつくりあげておく努力をするべきだ、ということです。
この解説、私はとても腑に落ちました。
が、そのうえで。
「自力で引っ張り戻す場所をつくる」ことは、
たしかに重要なことですが、かなり外圧の影響を受けてしまうとも思います。
経済的、家族的、宗教的問題はもちろんのこと、
現在の自分を構成しているあらゆる要素(体力・記憶・トラウマなど)が関わってくるので、
理念として素晴らしいのは疑いようがないけれど、実践するのは易くないだろうな、と
0.55秒以上とっくに過ぎちゃった世界であらためて自分なりに考えてみます。