推しの真実、おれの事実。

二〇二一年七月末日、午後二時。杉並事変が起きる。
わりと気軽に寄っている回転寿司屋に行き、いつものように、いつもの順番で、タブレットから注文しようとしたら、おれの大好きなとびっこがお品書きから消えていた。思わず店内の壁にかかっているお品書きの札たちを灯台のように見回してみた。やはり、ない。

毎回、着席後に一皿目として注文するや否や、わりとすぐつくれちゃう品なのか、あっという間に新幹線に乗ってシャーーっと運ばれてきたとびっこが、今はもう、いない。

週明け、この事変について運営幹部にも意見を求めた。

取締役:「え?スーパーでも売ってるでしょ?」
管理者:「え?というか、とびっこって頼む?」

だめだ、こいつら。話にならない。

腹に据えかねつつも、翌日、つまり今日までやり過ごしたところ、発見もあった。だって、苦しいんだ。愛の持って行き場がない。好き?いやいや。その程度では追いつかない。もしや、これが巷で言われている「推し」というやつか? 推しとしか言えないゆえに推しあり、のあれか? つまり、おれは「とびっこ推し」なのではないか?という発見だ。

しかし、そこでまた新たな問いを突きつけられた。

取締役:「社長が好きなのは、とびっこですか?とびっこ軍艦ですか?」

なに、こいつ。知った風に。

もう我慢ならねえと思いつつ、冷静に考えてみればおれが推しているのはとびっこ軍艦である。認めざるを得ない。であるならば、だ。じゃあ、本当のとびっこはどれなのか、最も輝いている姿は?つまり本質は?

取締役:「わたしとしては、脇役でパラパラっとある、あの感じかな」

ああ、もはやこれまで。

おれとしては、もうこの時点でたったひとりとびっこを愛する旅に出るつもりだったのだが、とある方から「つまり、推しが幸せならそれでいいんです」と諭され、ふと我に返った。

なるほどね。
今のおれにできることは、ただ、とびっこの幸せを願うことなんだね。

しばらくは会えないかもだけど、また見かけたら声かけるよ。
「大将、もう一皿!」
こんな感じでね。

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