The Times They Are a-Changin’

野球はあんまり知らないのですが、ボクシングは好きで、井上尚弥がどれだけ凄いかは多少わかります。どれだけ凄いかというと、「どれだけ」を語りようがないくらい凄いです(ちなみに彼は数値化したパンチ力が図抜けているボクサーじゃありません)。大谷翔平にしても、野球をよく知らない人にも夢を感じさせるところが凄さですよね。

かつて映画俳優は、テレビが浸透してきた頃、テレビに出ない風潮があったそうです。おそらく格が下がると感じたんだと思います。なんせテレビは無料メディアですし、制作におけるノウハウや予算にしても、おそらく映画で培ってきたものに対する矜持があったでしょう。いままさに同じこと、テレビからYoutubeへ移行した感じがあります。

先日亡くなった田村正和さんがインタビューで「自分はそもそも映画出身なのだけれど、デビューして間もなく映画作品でつまづいてしまい、映画の仕事に抵抗ができてしまった」といった内容の発言をしていました。でも、そこからテレビ作品に入り込んで、あの唯一無二のキャラクターに結実するのですから、何がきっかけになるかわかりません。

わたしの曽祖母の時代、高齢者の医療費は無料でした。制度は一気に変えると歪みも反発も出ますから、その時代から少しずつ変わってきています。精神疾患にしても、当時は収容し隔離するのが当たり前でした。なんで当たり前だったのかわかりません。様々な要因はあるでしょうが、おそらく、器用な労働者あるいは割りのいい納税者以外は、ひとまず脇に置いておいた方が都合がいいと考えたのでしょう。それがいまや「在宅へ」が国策になっています。

わたしが小中学生の頃、「ホモ」という言葉を耳にした時、かなりの蔑視を含んだ意味合いで聞いた記憶があります。大学の時ですら、似たようなことを、しょうもない場で経験しました。たまたまわたしは10代の頃に友人から「自分はゲイなんだ」と伝えられたことがあり、何人かの地元の友人を集めた場で、その友人が飲めない酒を飲みながら打ち明けてくれた、その勇気にとても感謝しています。なぜだか、なんというか、自分の中のよくわからない部分がとても楽になった感触をおぼえています。

わたしは、個人の苦しみや悩みから生まれてくるすべての変化に賛同します。それは、自分が囚われている思い込みを気づかせてくれ、砕いてくれるものだからです。誰かが闘い生み出した変化によってわたしは自由にしてもらっていること、それを絶対に忘れてはいけないと思います。それゆえ、その誰かを手離さないために、わたしはわたしなりの闘いをしてゆこうと思っています。

今回のタイトルはBob Dylanの名曲から引用しました。
時代は変わる。たしかに。

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