御礼とハット

※このエントリーはすべてフィクションです

陽射しも強くなってきた昼下がり、洒落たハットをかぶった高齢の男性が道端に座っていた。
その男性に若い女性が「たぶん逆だと思いますよ」と話かけていた。
どうしたんですか?と女性に聞くと、たまたま歩いていたら自転車で転んだ男性を見かけ、心配で声を掛けたたらしい。男性に何処に行くところかを訊ねたら住所を書いたメモを持っていたようで、スマホで調べてみたところ、男性が指さす方向とは逆のようだった。
男性はまあまあなべらんめえ口調でイライラしていた。

とりあえず自分も男性の横に腰を下ろして、話しかけてみた。
「痛いところはないですか?」
「ねえよ、大丈夫なんだよ」
「どこか行かれる途中で?」
「○○書店にな、礼を伝えにいかなきゃならねえんだ」
「御礼?」
「欲しかったのを取り計らってくれてな」
「ああ、それはよかったですね、行きましょう」
「とりあえず自転車にロックかけろ、あぶねえから」
「了解っす」ロック完了

そこへ。チャイルドシートを装着した若いパパさんらしい方が自転車で通りかかる。そして連射する。
「どしたの?おじいちゃん大丈夫??だめだよ気をつけなきゃ」
「いまここがどこかわかる?どこへ行こうとしたの?」
「立てる?怪我あるかもしれない、病院行く?」

女性が「○○へ行こうとされてたみたいで…住所のメモあります」

パパさん「○○書店?どこ?ああ、あっちじゃん、おじいちゃん違うよ、逆だよ」

男性ピキッっとくる。

「うるせええええなあああ!おまえにメモなんか見せねえよ!」
パパさん火に油を注ぐ
「ははは、だめだめ、落ち着いて」
男性燃えさかる
「ああああ???!!」

「ところで!」おれ割って入る。
「お節介で申し訳ないですけど、もし痛いとこあったら○○書店さんのあとにお医者さん行った方がいいと思いますよ」
「痛くはねえ、だいじょうぶだ」
「いまちょうどそちらの女性が地図を見てくれてますけど、○○書店さんはあっちじゃなくてこっちみたいですよ」
「おかしいな…移転したのかもしれねえな」
「行くの久しぶりですか?」
「一年越しの礼を伝えなきゃなんだ」
「ああ、じゃあ、きっと移転したんですよ」
「ところで、おめえ、いい人間だな」
「?」
「おれはな、映画たくさん観てるから、声で人間がわかる。おまえはいい人間だ」
「ありがとうございます、わりといいやつです」男性に笑われる
「んじゃ、そろそろ立つか」
「そこの不動産屋さんを右に曲がるといまの○○書店さんがあるみたいですよ」
「自転車押していくわ」
「きっと○○書店さん、御礼なんて言われてうれしいでしょうね」
「一年越しだからな、こういうのは言わなきゃいけねえんだ」
「お気をつけて」
「おお、ありがとな」

ものの10分くらいのシーンでしたが、きっと同業の方は、この10分間の中に起きているたくさんのニュアンスのズレが手に取るようにわかるんじゃないでしょうか。不安であること、怖いこと、気恥ずかしいこと、ケアされるだけじゃなく相手をケアしたいこと、ただ自分自身であり続けたいこと。

たまたまこの場面に出くわした時、個人的にまず気になったのが「洒落たハット」つぎに「自転車のカゴにぴったりおさめられた杖」、最後に「礼を伝えに行かなきゃならねえ」でした。

理解はしない。感じたい。この人が先に“いる”。そう思いながらただそこにいました。
うまくやれたか自信はないですが、ちゃんと書店さんに一年越しの御礼を伝えられてたらいいな。

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