与太話的な。

今回はあえてくだけた文体で書かせていただきますね。

いや、書くね。

最近、社内含めいろんな人と話をしていて感じたことがある。
世の中には、世の中が想像している以上に、複雑で重苦しい成育歴の人がたくさんいる。複雑でなく重苦しくない成育歴とはなんなのか?そんなものあるのか?といった類の反射をしたがる人もこれまた想像以上に多いが、そういう譫言に反応する時間すらバカバカしくあほくさすぎてもったいないことは、在宅ケアの現場で誠実に働いている人なら自明だと思う。

いずれにせよ、それはたしかにしんどいよな、くらいならまだしも、それでよく生き延びてきたな…と感じるくらいの背景を持つ人は、世間が想像以上するよりはるかに多い。

こういう時よく耳にするアレ。
満面の笑みとともに放たれるアレ。
「乗り越えようね」がおれは大嫌い。

この手の言葉を軽く吐ける人は、おれが知るかぎり、およそ自分は乗り越えてきたわけではない。「別の誰かになっちゃえばいい」「自分の身代わりをつくれば逃げられる」くらいの目先志向で、現実を忘れたふりしているだけの人たち。助けをもとめて泣きついてきておいて、いざ自分の利益が守られるとなると、あっさり後ろ足で砂をかけて逃げてゆく人たち。それゆえに、往々にして相手の相談事などに向き合っているふりが最上級に上手で、内心まったくその気はなく、自分の得意分野に引き寄せてマウント取りたいだけ、そんなステレオタイプのパターンを数多く見てきた。見過ぎてきたためにもはや疲弊している。

無理に乗り越えようとすれば、その時点での自分を否定しなきゃいけない。だからあやしいコミュニティでは必ず自己否定に誘導されてゆく。そういうのはね、愛がないんだよ。ほんとに。気合がないんだよ、清も濁もあわせて肯定する気合いが。

乗り越えられたこと、ある?
おれはそんなおぼえはないよ。これからもないだろう。いつでもどこでも、嫌な記憶ばかり思い出されるし、ああ、大損こいたな、、、みたいな後悔ばかりだ。

ところが、これ、誰のせいでもないんだよね。
誰のせいでもないのだから、あなた自身のせいでもない。

おれがいいたいのはこういうことだ。
あなたはもう十分に、あなた自身をいじめてきたはずだよ。

もういじめている方も疲れて傷つき過ぎていて、
いじめられている方も情念がたまりすぎていて、
どちらもわけがわからなくなっている。
どちらの主体も心がすり減っている。

でも。
ほんとうの暗闇をいったん覗いた人にしか背負えないものがあると思う。覗いた後に人知れず生き抜いてきた人、むしろそういう人を起点にして次の物語が動き出していくことって多いんじゃないだろうか。だからきっと、あなたもイケる。ついでにおれもイケる。

今年おれは年男の上に、某有名な占いに「あなたが祭りの中心になります」とあったので、どうやら好き放題していいんだろうな。おれなりに暴走しよう。

いままで散々だったよね。
これから、いい時代にしようぜ。

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